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ラベリングの問題
07年.08月.27日-06:59 

これは個人的な話ですが、1996年から1998年の間、アメリカのNYに住んでいました。

毎日、色んなイベントに参加して、面白い人と出会って、エネルギーがあふれている街を楽しんでいました。本当に常に舞台にいる感じでした。
しかし、ひとつの問題に頭がぶつかって、最終的にNYを離れる原因になりました。

初めてNYに着をした時は、誰も知りませんでした。一人、建築家、イタリア・トリノ出身の男でした。
次の日、NYタイムズ新聞を買って、求人の広告に応募をして、次の週に面接し、仕事が始まりました。
最初の1日は、会社の同僚は、大変興味を持ってくれ、ご飯を食べるときに私の隣に座るため競争をしていました。

残念ながら、新人に対しての興味より「ラベリング」への熱狂は強かったですのです。(ディファレンスに対しての怖さですかね)。いくら自分のことを話しても、私に関して、皆のイメージは固まっていました。
私は「イタリアン」として、「きっと大家族と一緒に暮らしている」、「毎日ピザを食べる」、「日曜日は仲間とTVでサッカーを見る」と思い込んでいました。
「独り暮らしをしている」、「TVは全然見ない」などと説明をしても、うそを言うっている子供を見ると同じように扱われ、悲しかったです。


名前のことで、もっと辛い目にあいました。
私の名前はIacopo「ヤコポ」ですが、英語で「アヤコーポ」と呼ばれました。しかも、当時クライスラー社(自動車メーカー)のCEOはMr. Lee Iacocca(アヤコッカ?)という人がいました。皆の耳に入っ
ていた名前ですので、私も自然に「アヤコッコ」になりました。
電話のとき「Iacopoです。アイ・エイ・シ・オ・ピ・オ」と言いましたら、親しんでいない音がして、相手は電話を切りました(はい、忙しいときにニューヨーカーは、とてもラフですよ)。
友達のアドバイスにしたがって、アメリカ用の名前に変更し、Iacopoの英訳、Jacob「ジェイコブ」を選びました。


しかし、ニューヨークでは、ユダヤ人が多くて、ジェイコブとして、ユダヤ人として間違えられました。
もちろん、ユダヤ人に対して何も悪いこと思ってませんし、NYでは当然差別はありませんがなんとなく気持ち悪かったです。
初めて自己紹介をしたら、笑顔で答えてもらったり、「キパ(小さな帽子)をかぶった方がいいですよ」というアドバイスをもらったりしました。
せっかく期待をしてもらって、「ユダヤ人ではない」と説明をせざるをえませんでした。

次は、辞書を調べて、Jay「ジェイ」という短くて、言いやすい名前を見つけました。しばらくスムースにいきましたが、少しずつ、NBCテレビのThe Tonight Showの新しいコンダクター「Jay Leno」が有名
になりだして、もう一度、私のアイデンティティーがなくなりました。
それから諦めて、名前を変えるより、国を変えてみました。

日本では、私の名前の発音に合わせて、「ヤコポ」として受け入れてくれました。びっくりしました。
他を見ても、「借金用紙」ではなく、「クレジットカード」といいます。「洗濯屋さん」ではなく「クリーニング」ですね。
日本は寛容な国ですし、ニュアンスも大切にしていると思って、大喜びでした。


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