スローアーキテクチャープロジェクトの履歴、出来事、やりたかった事、悩んだ事に関してここに書かせて頂きたいと思います。
1996~1997年。
NYマンハッタン在住
狭い家に住んでいましたが、近所にあるメトロポリタンミュージアムのフリーパスを作り、毎日居間のように、ここで数時間を過ごしました。
日本のセクション(陶器、掛け軸、織物、音楽)に感銘を受け、世界一洗練されている文化を直接味わってみたいと思いました。
1998年6月
来日
1999年。
日本暮らしを楽しんでいます。しかし、アスファルトに溢れている街は本当の日本なのでしょうか?
看板、電柱、ショッピングモールが並んでいる郊外...いくら探してみても見つかりません。
毎週末京都へ行きます。世界でただ一つしかない素晴らしい建物は多いですが、京都の街並みは最悪でした。
観光客の多い嵐山で非難したり、大徳寺のこと院で心を洗いました。
2000~2002年
色んなところで本当の日本を探します。奈良の今井町、愛名、吉野。中部のならい、まごめ。または
金沢、白川郷、五箇山、高山、岡山県の倉敷、尾道、徳島県の脇町、愛媛県の・・・、鹿児島県の知覧で探してみました。
そこには、日本の伝統的な街並みが残っていて良かったです。
しかし生き残るだけではなく、その街の良さは現在の都市にも戻って欲しいと思いました。
2002年6月
母国イタリアにアイデアが有りました。
「食」の世界で、スローフードは健康でありながら、美味しい食べ物を提供しています。昔を尊重しながら、現代的なマーケティング能力を見事に使っています。エコ、倫理で有りながら、今の市場で成功をしています。
「住」に関しても、スローな建築を提案すれば社会に成り立つのではないかと思いました。
2002年12月
スローフードの場合、イベント、本、メディアの紹介を利用し、コンセプトに興味を持ってくれた色んな人の力で成長しました。
私の場合、もっと力不足ですし、まずは旅の友を探さないといけないと思いました。20年前はなかったインターネットを使うと想定し、HPのwww.slowarchitecture.com を立ち上げました。
2005年2月
仕事も家族も忙しく、なかなかHPのプロジェクトは進みません。
大切にしたい主なコンセプトを英語でまとめましたが、皆さん読んでくれるかなと疑問に思い、知り合いのコピーライターに協力を頂きました。
毎週1回、仕事が終わった後、深夜まで話しを聞いて頂き、とても分かりやすくて、明るい文書を書いてくれました。大切にしたいコンセプトの12点を発表しました。
2005年12月
一緒に仕事をしている建築士のアドバイスを頂き、サイトの構造を変更しました。自分の考え方より前に、事実である「知識のバックデータ」を増やしました。しかし、限られた時間の中、話の範囲はどんどん広がるというのもあんまり正しい方法ではないかもしれません。SFに関しての色んな勘違いを解ける文書をまとめるだけで時間がかかり、SAのプロジェクトがなかなか進みません。
2006年1月
更新しやすい、理論より読みやすいブログをはじめました。しかし、まだまだたくさん言いたい「コンセプト的」な事が溜まっていて、あんまりコラムである話と「重み」が変わらないです。
2006年3月
偶然にテレビ番組で知った「法制大学の先生」に、アドバイスを頂きたくお会いしました。瀬戸内海の「鞆の浦」の話を聞いて、セオリーに時間をかけるより、すぐでも具体性のある活動を始めたいと思いました。
2007年6月
知り合いの職人3人と話をしました。何か一緒にやりたいと話しましたが、互いに忙しい時期が続き、ポリシーの違いを纏めず話は流れてしまいました。
2007年9月
文化財に詳しい知り合いと長く話しをしました。彼とは意見が合い、彼の立派な知識を公開しなくっちゃと思いました。SAのプロジェクトのために力を借りられるかと思いましたが、具体的な結果にはなりませんでした。
2008年10月
1年以上HPはホッタラカシ、全然更新していません。コピーライターの友達が助けに出てくれました。
職人のネットワークの紹介は今まではシンプル、第三者的でしたが、これからもっと詳細に、想いや掲載の理由をはっきりして書き加える予定です。
またブログに関して、今までトリーニの個人的なオピニオンか、SAの基本的なスタンスかいまいち分かりにくかったと思います。今後は他のライターにも協力を頂き、皆で意見交換をしましょうね。